退職金を誤って多く払ったと言われたとき(返還義務と差引きの限界)

退職金を多く払いすぎたと会社から言われたとき、返す義務があるのかと、退職金や給与から勝手に引かれるのかを、民法と労働基準法の条文で確かめます。

結論: 返還を求められる場合はあるが、一方的な差引きには限界がある

法律上の原因がないのに他人の財産で利益を受けた人は、その利益が存する限度で返還する義務を負います(民法703条・不当利得)。会社が計算を誤って退職金を多く払った場合、多い部分は支払う根拠のない金額なので、会社が返還を求められる余地があります。

ただし、返還を求められることと、会社が退職金や給与から一方的に差し引けることは別の問題です。労働基準法24条1項は、賃金を全額支払うことを原則とし、控除できるのは法令の定めか労使協定がある場合に限ると定めています。退職金が賃金にあたるかは規程の内容によります。

論点根拠要点
返還義務があるか民法703条法律上の原因なく受けた利益は、その利益が存する限度で返還する
利息や損害の上乗せ民法704条悪意の受益者は、受けた利益に利息を付して返還する。過払いと知っていたかが分かれ目になる
過払いと知って払った場合民法705条債務がないことを知って弁済した人(会社)は、返還を請求できない
次の賃金からの差引き労働基準法24条1項・最高裁判例清算のための調整的相殺は、時期・予告・金額の条件を満たす場合に限られる

返還義務の考え方(民法703条・704条・705条)

これらの適用は、金額の計算ミスの経緯、受け取った時点の認識、支払の時期で変わります。このページでは結論を断定しません。

退職金・給与からの差引きの限界

厚生労働省「確かめよう労働条件」の裁判例の整理では、過払賃金の清算のための調整的相殺は、次の条件を満たす場合に限り、全額払い原則違反とはいえないとされています。

同じ整理に載っている福岡県教組事件(最高裁第一小法廷・昭和50年3月6日)は、過払いのあった給与の翌月分から減額できたのに3か月後の給与から減額した事案で、時期の点で例外的に許される場合にあたらないとした原審の判断を維持しました。退職後に、過払いから時間がたってから差し引く場合は、この「時期の接着」が特に問題になります。

損害賠償や貸付金など、過払い以外の債権との相殺は退職金と会社への債務の相殺で整理しています。本人が自由な意思で同意した場合は、全額払い原則に違反しないとされる場合があります(日新製鋼事件)。署名を求められたら、内訳と金額を確認してください。

会社から過払いを指摘されたときの確認手順

  1. 退職金の計算書・規程・振込額を並べ、会社が示す正しい金額と差額の根拠を書面で出してもらう
  2. 差額が事実かどうかを確認する(勤続年数、支給率、前払いの有無、控除済みの税や社会保険料など)。退職金の受取額と税の見方は退職所得の源泉徴収票の見方で確認できます
  3. 返還の求めに応じる前に、返還額・時期・分割の可否を書面で決める。署名や同意は、内容を確認してから行う
  4. 一方的に給与や退職金から差し引かれた、同意を迫られているといった場合は、労働基準監督署の総合労働相談コーナー、弁護士、法テラスへ相談する

このページで扱わないこと

個別の事案で返還義務があるか、返還の範囲、会社が過払いと知っていたか、同意が有効かは、断定できません。過払いが退職所得の源泉徴収票や申告にどう影響するかなど税の個別判断も扱いません。税務署または税理士へ確認してください。

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よくある質問

退職金を多く払いすぎたと言われたら、必ず返さなければなりませんか。

民法703条は、法律上の原因なく受けた利益を、その利益が存する限度で返還する義務を定めています。会社の計算誤りによる過払い分は返還を求められる余地があります。ただし、会社が過払いと知って払った場合は民法705条により返還を請求できないなど、事情で変わるため、個別の判断は弁護士などへ確認してください。

会社は、過払い分を次の給与から勝手に引けますか。

厚生労働省の整理では、過払賃金の清算のための調整的相殺は、過払いの時期と合理的に接着した時期に、あらかじめ予告され、額が労働者の経済生活の安定を脅かさない場合に限り、全額払い原則違反とはいえないとされています。条件を満たさない一方的な差引きは認められない場合があります。

退職後に退職金の過払いを指摘された場合、利息も付きますか。

民法704条は、悪意の受益者(過払いと知っていた人)に、利益に利息を付して返還することを求めています。気づかずに受け取った場合の扱いは事情で変わるため、断定できません。

返還に同意の署名を求められました。署名してよいですか。

同意が自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、同意による相殺は労働基準法24条1項に違反しないとした最高裁判決があります(日新製鋼事件)。内訳と金額を書面で確認し、納得できない場合は署名の前に労働基準監督署や弁護士へ相談してください。

民法703条・704条・705条、労働基準法24条(e-Gov法令検索)、厚生労働省「確かめよう労働条件」の裁判例の整理にもとづく一般的な説明です(確認日: 2026-10-18)。個別の事案の結論は断定できないため、労働基準監督署・弁護士・法テラスへ確認してください。

出典