結論: 規程がなくても、支払の実績しだいで請求できる余地がある。認められるかは個別に決まる
労働基準法89条3号の2は、退職手当の定めをする場合には、適用される労働者の範囲、決定・計算・支払の方法、支払時期を就業規則に記載することを求めています(常時10人以上の労働者を使用する使用者が対象)。退職手当を支払うかどうか自体は、法律が一律に義務づけているわけではなく、規程・労働契約・労働協約などで決まります。
規程がない場合でも、広島県の労働相談Q&A「労使慣行に基づく退職金の支給は、一方的に打ち切ることが可能か」は、一定の取扱いが長期にわたって反復・継続され、労働契約の当事者がそれを容認する意思を持つと認められる場合、使用者は従業員の同意なしにその慣行を変更できないとしています。ただし、労使慣行が成立するかは事案ごとの判断で、認められる場合も認められない場合もあります。
労使慣行とは
広島県の同Q&Aは、労使慣行を「企業社会一般又は当該企業において、一定の事実が相当期間にわたり継続して行われ、これに従うことが労使双方で当然とされている場合」と説明しています。退職金について、規程はないがわずかの例外を除いて退職者全員に支給され、支給基準も同一だった場合に、退職金支給の労使慣行が成立していると判示された例として、宍戸商会事件(東京地判昭和48年2月27日)が挙げられています。
労使慣行が成立する3つの条件
同Q&Aは、最近の裁判例は次の3つを満たすことが必要との考えに立っているとして、東京中央郵便局事件(東京地判平成3年8月7日)などを挙げています(見解は分かれるとも書かれています)。
| 条件 | 退職金で確かめること |
|---|---|
| 同種の行為・事実が長期間反復継続して行われている | 過去に何人が、何年にわたって、退職金を受け取ったか |
| 当事者がこれに従うことを明示的に排斥していない | 「退職金は支給しない」と書かれた契約書・説明・通知がないか |
| 内容を決める権限や裁量のある者が、これに従うことを当然としている | 社長・人事責任者が、退職金を払う前提で説明・計算・約束をしていたか |
慣行が成立すると、労働契約の内容になったり、就業規則・労働協約の解釈基準として内容を補充・具体化したりします。公序良俗や強行規定に反する場合は法的効力が認められません(同Q&Aの説明)。
集めておく資料
上の3条件のどれを裏づけるかで、次の資料を探します。会社の書類を無断で持ち出さず、自分が受け取った書類や、見る権利のある範囲の資料を使ってください。
| 資料 | 裏づける条件 |
|---|---|
| 退職した同僚への支払の事実(人数・時期・金額を、本人から聞き取ったメモや振込の記録) | 長期間の反復継続 |
| 支給額の計算方法が分かる資料(勤続年数×月給など、同じ基準で払われていた形跡) | 反復継続・支給基準の同一性 |
| 採用時の労働条件通知書・求人票・雇用契約書の退職金の記載 | 排斥していないこと、会社側の認識 |
| 社長・上司が「退職金が出る」と話した記録(メール・メッセージ・議事メモ) | 権限のある者が当然としていること |
| 給与明細・賃金台帳、社内の退職金積立の記録(共済加入の通知など) | 退職金を払う前提で運用されていたこと |
| 就業規則の有無と、退職金の記載がないことの確認(10人未満の会社は作成義務がない場合もある) | 規程がないという前提の確認 |
請求までの流れ
- 就業規則・退職金規程・労働契約書を確認し、退職金の記載の有無を確かめる(「見つからない」と「存在しない」は別なので、会社に閲覧を求める)
- 上の表の資料を集め、支払の実績を年表にまとめる
- 会社に退職金の支払を書面で求める。時効は請求できる時から5年です(退職金の支払時期と請求できる期間)
- 応じない場合は、労働基準監督署の総合労働相談コーナー、弁護士、法テラスへ相談する
このページで扱わないこと
労使慣行が成立するか、いくら請求できるかは、事案ごとの事情で決まるため、断定できません。判例は広島県の資料に載っている名称の紹介にとどめ、判決の原文は確認していません。受け取った退職金の税は退職所得の源泉徴収票の見方で確認できます。
関連するページ
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よくある質問
就業規則に退職金の規定がなければ、退職金は一切もらえませんか。
規定がないことだけでは決まりません。広島県の労働相談Q&Aは、一定の取扱いが長期にわたって反復・継続され、当事者がそれを容認する意思を持つと認められる場合、使用者はその慣行を従業員の同意なしに変更できないとしています。成立するかは事案ごとの判断です。
労使慣行が成立する条件は何ですか。
広島県の同Q&Aは、最近の裁判例の考え方として、同種の行為が長期間反復継続していること、当事者が明示的に排斥していないこと、内容を決める権限や裁量のある者がこれに従うことを当然としていることの3つを挙げています。見解は分かれるとも書かれています。
どんな資料を集めればよいですか。
同僚への支払の人数・時期・金額、支給額の計算方法、採用時の労働条件通知書、上司が退職金に触れたメールなどが、3つの条件の裏づけになりえます。会社の書類を無断で持ち出さず、自分が受け取った書類を中心に集めてください。
退職金を請求できる期間はありますか。
退職金請求権の消滅時効は、請求できる時から5年です(労働基準法115条)。詳しくは退職金の支払時期と請求できる期間のページで整理しています。
出典
- e-Gov法令検索 労働基準法 第89条・第115条(laws.e-gov.go.jp)
- 広島県雇用労働情報サイト わーくわくネットひろしま 労働相談Q&A 3-2(pref.hiroshima.lg.jp)